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これからの働き方について考える 〜プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神〜

働き方改革が議論されている昨今。
今までの働き方とこれからの働き方を
省みることが多くなった。

その際,自分を中心に置いて考え,
社会のコンテキストは無視することが多い。
しかしたまには
社会のコンテキストを踏まえた上で
働き方を考えてみることにしよう。

そこでマックス・ウェーバーの
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神を
参考にしてみた。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

 

なぜこの本を参考にしたか。
日本は資本主義社会である。
その資本主義に組みまれる人々が持つ
精神はどこから来ているのか?
それを知ることは働き方を考える上で
必要なことではないのかと感じたためだ。

本書では
伝統主義と近代資本主義の精神を
以下のように対比している。

・伝統主義
必要主義。習慣として来た生活を続け,
それに必要なものを手に入れることだけを願う。

・近代資本主義
営利主義。消費を欲せずに営利を欲する。
労働を自己目的な「天職」と考える。
労働の結果として富を獲得することは神の恩恵となる。

この対比は興味深い。
「最近の世間に流れている空気的なもの」は
伝統主義のそれに近い気がする。
近代資本主義からの揺り戻しなのだろうか。

しかし資本主義社会で伝統主義の精神が
主流になった場合の帰結。

資本家は賃金率を引き下げて,
労働者が以前と同額の報酬を得るためには
前よりも余計な労働をすることを余儀なくさせる。
この場合資本主義の量的な拡大は促進されるが,
質的な発達への移行は阻害される。

示唆に飛んでいる話だ。
近代資本主義の精神の形成は
カルヴァンの予定説から始まる。

・・・
われわれが知りうるのは人間の一部が救われ,
残余のものは永遠に滅亡の状態に
止まるということだけだ。
人間の功績あるいは罪過が
この運命の決定にあずかると考えるのは,
永遠の昔から定まっている神の絶対に自由な
決意を人間の干渉によって動かしうると見なすことで,
あり得べからざる思想なのだ。

この予定説故に人は絶えず
「自分は救われるのか,救われないのか」
という宗教的不安を抱えることになる。
この不安を解消するため,
つまり「自分は選ばれている。救われる。」
確信を得るために世俗的職業労働が必要となった。
イマイチよくわからない。
それはどのような論理展開によるものか。

・・・
神は人間生活の社会的公正が彼の誡めに適い,
その目的に合致するように編成されていることを
欲し給うからなのだ。
・・・
神の栄光を増すために役立つのは怠惰や享楽ではなく
行為だけだ。
財産のあるものも労働をせずに食ってはいけない。
労働そのものではなく,合理的な職業労働こそが
神の求め給うものなのだ。
・・・
職業の有益さはどのように計られるのか。
神に喜ばれる程度によって計られる。
具体的には以下のようなもの。
・道徳的規準
・生産する財の全体に対する重要度という規準
・私経済的収益性
・・・
貧しいことを願うのは病気になることを願うのと一緒。
財産が大きければ大きいほど,
神の栄光のためにそれをどこまでも維持し,
不断の労働によって増加しなければならぬという
責任感も重くなる。

・社会にある財産は神に与えられたもの
 ↓

・財産を増やすことは神の栄光を増すこと
 ↓

・財産を増やすことで神に選ばれている
 という確信を得ることができる

という論理展開である。
とはいえあくまで
選びの確信を得ることができるのであって,
予め決まっていることが変わる訳ではない。
それが故に確信をより強めるために
職業労働を通して,財産を増やすことが
切実に求められたのかもしれない。 


もちろん日本における資本主義の精神は
また違ったものであろう。
それはまた別の機会に考えるとして・・・。

さてこのような近代資本主義の精神を踏まえて,
これからの働き方をどう考えていくのか。
パターンとして考えられるとすれば以下のような
ものか。

1.ワークライフバランス
伝統主義へ回帰するパターン。
これはない。何故ならば冒頭の方であったように
資本主義下で伝統主義の精神を持つことの先には
停滞しかないからだ。

2.出世を目指してひたすら働く
日本的資本主義精神へ回帰するパターン。
これもない。何故ならばここを目指すことは必ずしも

・道徳的規準
・生産する財の全体に対する重要度という規準
・私経済的収益性

この基準と一致するとは限らないからだ。
ではどうするか・・・。

3.地域経済への貢献を目指して働く
今はこれが一番しっくりくると感じている。
地域経済は生活圏を基盤として持つ。
そこに置ける財を増やすことは紛れもなく,
上記の基準とも一致する。

地に足のついた資本主義精神。
具体的にはまだ何も決まっていないが
ここから働き方を考えていこうと思う。